「中世ジャップランド」・「東洋の土人部落」としての日本

日の丸

中世ジャップランド」という言葉があります。
2013年頃からインターネット掲示板2ch(5ch)の嫌儲民(ニュース速報(嫌儲)板の住民)と呼ばれる人たちが使うようになった日本への蔑称です。
現在の日本社会が中世のようであるという皮肉がこめられています。

1980年代は日本は世界有数の経済大国で、技術立国であるという認識を持つ日本人が多かったと思います。
しかし、90年代以降経済力は相対的に衰え始め、技術立国としての地位も怪しくなっています。
「中世ジャップランド」という言葉が使われるようになったのは、日本人の優秀さ、日本文化・社会の優位性への疑問が拡大している証拠かもしれません。

実は「日本は遅れている」という観点で、激越な言葉で自国や自国民を呼ぶ事例は昔からありました。

日本の学者・知識人たちは、自分たちが、族長会議の大酋長たち(tribal dignitaries)の周りにまとわりついている呪術師(マジシャン)程度だ、ということに自覚が無い。副島隆彦『属国日本論を超えて』2002年

「連日ニュースで皇居前で土下座する連中を見せられて、自分はなんという『土人』の国にいるんだろうと思ってゾッとするばかりです」浅田彰『文学界』1989年2月号

226事件の首謀者として処刑された思想家の北一輝は、日本のことを「東洋の土人部落」と読んでいます。

すなわち、今日の憲法国の大日本天皇陛下に非ずして、国家の本質及び法理に対する無知と、神道的迷信と、奴隷道徳と、転倒せる虚妄の歴史解釈とを以て捏造せる土人部落の土偶なるなればなり。土人部落の土偶はたとえ社会主義の前面に敵として横わるとも、また陣営の後に転がり来るとも、社会主義の世界と運動とには不用にして天皇は外に在り。土偶を恐怖するは南洋の土人部落にして東洋の土人部落中また之を争奪して各々利する所あらんとするものありとも、社会主義はただ真理の下に大踏歩して進めば足る。北一輝『国体論及び純正社会主義』1906年5月

日本はまだ古い文化が残っている国であり、それはそれで良い面もあると思いますが、毎年猛暑が続く中で「公立小学校にクーラーを設置するなんて今の子供は根性が足りない」、「打ち水と濡れタオルで東京オリンピックの猛暑を乗り切ろう」、「(夏野球で)練習中は水を飲むな」的な意味不明な後進性は改善されるべきだと考えます。
戦時中の「竹槍でB29に対抗しろ」を笑えません。

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