報われない氷河期世代が上級国民を暗殺する日

吉田喜重『戒厳令』より

はじめに

繰り返し主張しているように、私はテロ行為には反対しています。
その一方で、人間には自然権としての抵抗権があり、圧政に対して武力で対抗するのは最後の手段として存在します。
言論やデモのような民主主義的な方法により、過酷な圧政を変更することができない場合に限り許容される場合があるという考えです。
しかしながら、歴史を振り返ると、綺麗事では片付かないという実態があります。
幕末の志士による幕府関係者への暗殺テロ、戦前の国士による財閥、政治家に対する暗殺テロなど枚挙に暇がありません。
これらの「テロ行為」を実行した人間の多くは、や職業的革命家でしたが、「普通の人間」によるものも少なくありません。
職業革命家ではない氷河期世代の「普通の人間」がどのようにしてテロ行為を実行するのか、そして現代でそれが起こりうるのかについて考えています。

事例:安田善次郎暗殺「朝日平吾」

「持たざる普通の者」のテロ行為として有名なのが、朝日平吾による財閥巨頭安田善次郎暗殺です。
朝日平吾は、安田善次郎が株を一手に買い占めてまんまと2,000万円の利益を得たという噂を信じて、1921年(大正10年)9月28日午前9時20分ごろ、自宅の応接間(十二畳の部屋)で所持していた刃渡り八寸(約24cm)の短刀で善次郎を刺殺しました。その場で所持していた剃刀で咽喉部を切り壮烈な自殺を遂げています。享年31歳。

朝日平吾は若い頃から職を転々として、妻子もなく安定した生活を送っているとは言えない境遇でした。
右翼団体の設立も挫折、貧民救済事業も挫折、恐慌により株で大きな損失を出しています。
彼自身の不幸な境遇と、社会の不平等への憤りが結びつく時、それは上級国民、支配者層への暗殺という憤怒のエネルギーの爆発という事象を引き起こしたのかもしれません。

 最後に予の盟友に残す!卿等予が平素の主義を体し語らず騒がず。表さず。
 黙々の裡に只刺せ。只衝け。只斬れ。只放て!然して同志の間往来の要なく結束の要なし。一名にて一命を葬れば足る即ち自己一名の手段と方法とを尽せよ。然らば即ち革命の気運は熟し随所に烽火揚がり同志は立所に雲集せむ夢々利を取るな名を好むな。只死ね只眠れ必ず賢を採るな大愚を採り大痴を習え。吾れ卿等の信頼すべきを知るが故に檄を飛ばさず死別を告げず黙々として予の天分に往くのみ。

朝日平吾の「斬奸状」死の叫び声より

報われない氷河期世代の憎悪が上級国民に向かう時

この社会は矛盾と不公正に満ちています。
しかし、どんなに社会が腐敗、堕落していても満ち足りた生活を送っている人間が突然テロリストに変貌するケースというのはあまりありません。
個人的な不幸と社会の不公正とそれを糺す思想が結びついた時に、巨大な憤怒のエネルギーが生まれ、上級国民への暗殺という事象が生じるのです。

今の日本では、その可能性があるのは氷河期世代でしょう。

90年代後半から2000年代初め就職活動の面接では、罵倒され、否定され続けてきて、非正規として低収入に喘いでいる人々。

ブラック企業で低賃金で奴隷のようにこき使われて精神的に疲弊した人々

結婚して家庭を持ちたいというささやかな夢すら否定された人々。

そして、それらを「自己責任」として切り捨てられた人々。

一方で自分よりも下の世代は「甘やかされている」と不公平感を感じている人々。

一部の氷河期世代は絶望と憎悪から刃を手にすることを辞さなくりつつあるのではないでしょうか?

その刃を、自分たちの「不幸の原因」である経済界の大物、政治家、官僚、知識人どもに向けないと誰が断言できるでしょうか?

繰り返しますが、個人的な不幸と社会の不公正が結合する時、それはテロリズムとなり得ます。
そして、歴史はテロや暗殺によって変えられたという冷徹な事実があります。

失うものがない氷河期世代の中に「令和の朝日平吾」となるべく、安アパートで刃を研いでいる「国士」がいないとは限りません。

仮に実行したら英雄となるのか、犯罪者となるかは後世の歴史が明らかにすることでしょう。

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