暗殺は政策を変える有効な手段だが、実行には賛同できない理由

吉田喜重『戒厳令』より

吉田喜重『戒厳令』より

暗殺は将来起こり得る

経済的格差が進行することで、上級国民へ暗殺が懸念されます。
歴史的に見ても、それは稀なことではありません。
1920年代から30年代の日本では、上級国民への暗殺は一般的でした。

1921年9月 実業家安田善次郎暗殺。犯人は国粋主義者朝日平吾。
1921年11月 首相原敬、東京駅にて暗殺。犯人は中岡艮一(原敬暗殺事件)
1929年3月 労農党代議士山本宣治暗殺。
1932年2月 前大蔵大臣井上準之助暗殺(血盟団事件)。
1932年3月  団琢磨暗殺(血盟団事件)。
1932年5月 首相犬養毅暗殺。犯人は三上卓以下の海軍青年将校ら(五・一五事件)
1935年8月 統制派の中心人物永田鉄山暗殺。犯人は皇道派の青年将校、相沢三郎(相沢事件)。
1936年2月 大蔵大臣高橋是清、内大臣斎藤実、教育総監渡辺錠太郎、首相秘書官松尾伝蔵暗殺(二・二六事件)

上級国民が上級国民以外からの搾取を考えているなら、同じことが将来の日本で起こらない理由はありません。

暗殺は簡単である

暗殺行為は実はとても簡単です。
24時間365日ボディガードに警備されている要人は一握りです。
彼らと言えども、ケネディ大統領やレーガン大統領の事件を見ても分かる通り、暗殺行為を完全に防ぐことはできていません。
アメリカ大統領レベルの警護体制がないと思われる日本の上級国民を暗殺するなどたやすいことでしょう。
彼らの自宅や勤務先を知っていれば、容易に実行できるのです。
暗殺を行うという強い意思を持った人間が、徹底的に準備して実行に移した場合それを防ぐ手段はありません。
まして、今の日本では暗殺への恐怖感を持ち、警戒している上級国民は、2018年7月にオウム信者を13人死刑にした法務大臣を除くと、ほとんどいない※でしょう。

※余談ですが、今の日本の政治家には暗殺されるという恐怖感がないことで、自分たちに有利で一般国民に不利な政策を加速させているのではないでしょうか?

暗殺は効果的だが・・・

暗殺は簡単であるだけではなく、上級国民へ恐怖感を与えることで、社会、政治を大きく変える力があります。
戦前三井財閥が絶大な権力を誇っていましたが、1930年代の右翼による相次ぐ暗殺で、「財閥の転向」を演出しています。

事実上の三井財閥の総帥となった池田は、まずは右翼団体による批判の矛先をかわすため、三井報恩会を設立して社会事業に力を入れて「財閥の転向」を演出することになる。さらに三井首脳の人事を刷新し、三井家一族を経営の第一線から退陣させた。このとき三井合名の理事は有賀長文、福井菊二郎、米山梅吉、牧田環、安川雄之助に池田を加えた6名であったが、翌1933年(昭和8年)9月に筆頭常務理事となっている。三井家当主の三井高広から請われたものであるが、三井家と対立することもあった。池田が取った改革としては、三井系企業からの三井家同族の退職、株式の公開、社会事業への寄付(三井報恩会を設立)などがある。 池田成彬 wikipediaより

これは比較的良い変化と言えるでしょう。

しかし、全体的に見れば、1920年代から30年代の一連の暗殺は日本を悪い方向に変えました。
軍部は政党政治家の暗殺への恐怖感を利用して、発言力を強化し、日中戦争、太平洋戦争に突入していくのです。

私が暗殺という行為に賛同できないのは、法律に違反しているだけではなく、結果が意図した通りにならない可能性が高いことが理由です。
上級国民は大手マスメディアをコントロールしているために、情報操作を行います。
暗殺事件を利用して世論を誘導し、一般国民のためにならない政策を行う可能性があるのです。

226事件の首謀者の磯部浅一は、『獄中日記』で次のように記しています。

八月二十九日 十五同志の四九日だ、感無量、同志が去って世の中が変った、石本(寅三)が軍事課長になり、寺内はそのまま大臣、南が朝鮮(総督)、ああ、鈴木貫太郎も牧野も、西園寺も、湯浅もますます威勢を振っている、たしかにわが十五同志の死は、世の中を変化さした。
 悪く変化さした、残念だ、少しも国家のためになれなかったとは残念千万だ、今にみろ、悪人どもいつまでもさかえさせはせぬぞ、悪い奴がさかえて、いい人間が苦しむなんて、そんなベラ棒なことが許しておけるか。磯部浅一『獄中日記』より

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