憎悪が醸成された2002年冬

2002年冬。

25歳の私は就職活動を完全に諦めて、大卒でポスティングやチラシ配りのような「底辺労働」を余儀なくされた。

平日銀行寮で不動産のちらしをポスティングをしていると、「会社がなんとかしてくれるからいらないよ」と銀行員らしき中年男性に追い返された。
「会社がなんとかしてくれる」という甘えた中年男性の言動に激しい怒りを感じた。

街でチラシを配っていると、警察に通報され、取り調べを受けたこともあった。
通行人に罵倒されることも数知れず。

2002年冬の経験は社会への憎悪を強めるのに十分だった。
これは経験したものでないと分からないだろう。
当時の経験に比べれば、その後の正社員として経験した仕事の苦労など子供の遊びレベルである。

この時醸成された憎悪は、外見的には幸福な家族を持った、社会的にも認められた存在にしか見えない2018年ですら継続している。

当時私は社会は人民を主体とした革命により変革されるべきであり、支配者階級は暴力によって打倒されるべきであるという固い信念を持つに至った。
この信念は後年消失したが、その残滓に苦しめられている。

私は政治家や経団連や役人などの上級国民の暗殺を実行することもないし、それを支持もしないが、心のどこかにそのような事態が起こった時に、支持してしまうのではないかという不安を感じずにはいられない。
きっと、当時自分と同じ境遇の置かれていた同年代の若者の数十万人が現在も浮かび上がることもなく悲惨な環境にいるという事実への激しい怒りが、彼らをその境遇に追いやった存在が苦しむ様子を見たいという感情を消すことを許さないのだろう。

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